ふじさん

法内化して4年目を迎え、良かったこと、改善されたこと、難しいこといろんなことがあります。昨年、静岡県小規模授産所連合会の機関紙に掲載した文章にまとめましたので報告します。 

昨年末には、作業室のエアコン・厨房のエアコン・命綱ともいえるパン機械が故障し頭をかかえてしまいました。授産設備は、昭和60年授産所として開設したときは、コンクリート床の厨房に中古で入れた作業テーブルだけの状態から、少しずつ少しずつ業務用機器を設置してきました。

約10年授産機器の整備に取り組み、その後やっと靴箱や利用者のローカー・空調と環境整備が出来ました。気が付いてみれば、特にぱん業務機器は大半が耐用年数を過ぎておりました。無認可作業所時代はそれなりに各種授産設備にかんする補助金があり有効に使用してまいりましたが、小規模ながら法定化したとたん全てなくなってしまいこれも深刻な課題だと思います。

とはいえ愚痴を言ってもはじまりません。法定化して国庫補助の施設整備費・設備整備費が使えます。もしすでに実施した小規模通所のみなさんがありましたら是非ご援助ねがえればと思います。



育てられた連合会活動
ふじさんの取り組み
地域の状況
小規模通所授産施設移行で感じたこと
支援費の渦の中
事業の展開
1法人・複数作業所運営の試み
手作りに学ぶ
だから横のつながり



            

                  さあこれからどこへ

                                       2003.09

                             小規模通所授産施設ふじさん
                                   施設長  後藤 弘


育てられた連合会活動

 保父から授産所へ仕事の場が移り、設立の慌しさと自主製品のぱん作りが一
息付いた頃「連合会の五味です」という電話が保育園経由でよく掛かってくるよ
うになりました。
 当時は連合会の研修にも一切参加せず市内の作業所とも交流がない時期で
した。しかたがなく参加すると「まあ!お若いのによくぞ!」と言われてしまう始末。
保育園時代は若い保母と行動を共にしていましたので、浦島太郎の気分でした。

 全国大会や研修会も日常のことで今更「連合会」との思いもありましたが、授産
所へ身を置いて“さあ”と周りを見てみれば、いくら保育会で全国的に有名な法人
でも「ふじさん」は無認可の施設、なんの情報も仲間も無く困っている時期に「職
員交流会」という若手授産所職員の研修案内があり参加してみて初めて授産所の置かれてる状況や現実を見せつけられました。

 そんなことで気が付けばこの世界に19年。自分より若くてこの仕事に飛び込んで
いる職員もずいぶん増え、また辞めていく職員も沢山見てきました。
職員の身分保障が運営の安定に通じ、運営の手引きで自らを改革してきました
が、制度改革の中でぽつんととり残されたのかなと感じる授産所。各地の先輩
方の活動についていきながら連合会でいろんな事を学んできました。運営の問
題を始め研修会の企画や事業の企画・運営・文章の作り方まで学ばせてもらい
ました。そんな中でぱんを作りながら感じていることを述べていきたいと思い
ます。



ふじさんの取り組み


 ふじさんは、昭和60年10月に民間保育園の敷地内に小規模授産所として
設置されました。柿ノ木会は、昭和44年に設立された「大地保育」で保育界
では先駆的な保育園とて知られている法人です。ですから無認可の小規模授産
所時代から社会福祉法人が経営しており、平成13年度の法定化は、あくまで
事業の法内化と言うことになります。同じ静岡県で新設法人・作業所の法定化
した仲間の作業所の事務量とは桁違いに少ない事務量で法内化をしたことにな
り「紙切れ一枚の法内化」と言われる所以であります。また、法人の障害児保
育の延長線で作業所を捉えており、障害児保育の指導員が現場を任され、当然
専任の職員が作業所を切り盛りし現在に至っております。

 法人の事業、法人の一分野の発展というスタートでしたが、連合会活動や地
域での活動、授産で地域に出ていくにつれ法人色が薄れ「ふじさん」「ふじさん
ぱん」「手織りのふじさん」として浸透できたことが財産になっています。法内
化と相反する感じもしますが、法人として事業責任を明確にしつつ、事業の目
的は、あくまでも地域の福祉・障害を持った人々の日中活動の場をいかに確保
し継続し事業を発展させていくかです。

 事業拡大の為の事業ではありません。
そんな中で、作業所を運営するための新しい地域に根ざした社会福祉法人を作
るんだという熱い熱意が感じられます。この視点がないと運営主体だけが法人
化を進め、現場の職員は何一つ聞かされていないなんて本末転倒の事が起きて
しまいます。

 運営主体が法人化したいのでなくて地域でどう授産所を考えどう展開していく
か、今問う時期だと感じます。 

 ふじさんは、設立当初から「物創り」を大切にしたいとの思いで、製ぱん作
業と販売活動を展開してきました。お金と時間の掛かる授産設備の整備と平行
して国産小麦を使用していい製品を提供しながら、販売拠点と地域交流の常設
店舗の運営、さらに100%自主製品で授産活動を進める為、「さをり」の手織
りを導入して6年が経ち、「授産」と「援助」を進めています。


地域の状況

 市内の5つの小規模作業所の内、4ケ所は任意団体の手をつなぐ育成会が運
営をし、1ヶ所は社会福祉法人が運営をしています。家族・有志や関係者の努
力で運営され、約60名の利用者が地域で生活・活動する選択をして小規模作
業所へ通所しています。

 昭和58年に市内中心部の借家で親の会有志による作業所が関係者の努力に
より始まり、成人障害者の行く場所が無いという切実な関係者の声が反映され
自主的に運営がされてきました。平行して県下全域で、当事者を中心に作業所
設立が続き、県の補助金制度が整備され、静岡県の単独事業として施設整備を
含む事業として開始され、富士宮市においては、昭和59年西部に「いずみ作
業所」、昭和60年北部に「愛の丘」・南部に「授産所ふじさん」が小規模授
産所として設立されました。

 その後も、養護学校・在宅障害者の受入先として、無認可作業所として活動
を進める中で「作業所へ通いたい・施設でなくて地域で暮らしたい」という声
に反映され、市街地に「ワークショップふれあい」東部に「くれぱす」が設立されま
した。この間、運営の安定化・利用者の交流・職員の研修を目的に市内の連合
会が設立され、運営問題・情報の収集・各種事業を展開しています。この背景
には、利用者・家族にとって、設備が整った、職員配置が多い法定施設の入所
型授産施設や更生施設でなく、地域で暮らしたいという願いから、無認可施設
を選択してきたことがあるようです。地域を選択し、小規模授産所へ通所する
利用者・家族が増え、施設福祉でなく地域を選択しています。制度改革より早
い段階で地域を選択してきたのです。

 措置費という施設福祉では明らかになりにくい面が、支援費移行によって明
らかになっています。福祉サービスを利用する利用者が地域において格差のあ
るサービスを利用することが益々顕著になりました。支援費でいうところの社
会資源のひとつに上げられても、小規模作業所は支援費対象外事業なのです。

 劣悪な状況を訴えても「制度が違うから」「それなら支援費の事業を進めるし
かありません」とさじを投げられているのです。社会資源として積極的な授産
活動や生活の場を作り出しているが、あくまでも補助金制度なのです。長く2
0年30年地域でやってきた作業所の活動が「支援費」制度によって、支援費
に入らなかった事でリセットされてしまった気がしてならないのです。当事者
として自己研修は必要なんですが、この事を今こそ面と向かって発言し活動し
ていかなくてはと感じます。



小規模通所授産施設移行で感じたこと

 事業認可ですから建物の新築・改築はなく表面上法内化は目に見えず、会計
が変わり事務のみ増えた面があります。しかし、一つの事業として諸規定が整
えられ、苦情解決規程に取り組んだり、日々の記録を再認識して短時間で職員
が記述できるよう改善したり、事業全体では収支計算を常に頭において資金繰
りも含め着実に変化しています。また、医師による利用者の健康診断や歯科検
診も行い、充実を図っています。

 デメリットが共通認識になっているようでしたが、ここ各地で移行の話がで
ています。でもよく観察すると補助金の負担額削減が見え隠れします。良く話
される事に、社会福祉法人を取得すれば小規模でもグループホームや地域福祉
事業が運営できますと事業拡大が出来ることがメリットとして言われますが、
この小規模通所授産施設運営をどう展開して充実させていくかがあくまでも基
本命題だと感じます。当初から無認可作業所が支援費制度から除外された補助
金制度であることが法定化に隠れていました。

 しかし、全国の小規模作業所の法定化がベースの制度であって、長年地域で
歯を食いしばって様々な地域での活動、認可施設からの利用者の受け皿、養護
学校高等部の卒業生の受け入れ等、制度優先でなく目の前の利用者をどうする
か、やってみよう精神で事業を展開してきた作業所の基本を忘れずいきたいと考
えます。

 法内化したとたん世の目は「法人施設」としてがらりと変わります。正直無認可
時代が良かったなんて愚痴もこぼしたくなることもあります。事実当地では、授産
所だけが法定化支援ということで単独補助の増額がされています。しかし地元
行政の法定化支援はとても大きな力です。何回も言われていますが、行政と協
議を重ねながら関係者の十分な論議で法定化することが大事だと思います。



支援費の渦の中


 法定化移行の間に世の中支援費の枠組みに変わっていきました。「ふじさん」
の地域でも既成法人の事業展開が活発になり気が付けば「授産所」は制度の外。
地域福祉は授産所がと自負していてもいとも簡単に追いやられてしまい、支援
センターやらデイサービスやら制度が障害をもった人々の全てを変えていくよ
うな錯覚を起こさせるような情報が錯乱しました。「ふじさん」でも、居宅支援
費の学習や情報を流し、保護者や利用者に情報を発信し続けてきました。が、
大きな疑問が生まれてきました。居宅支援を利用しようといくら話しても動か
ない。

 何故だろう。無認可事業という意識は無くても従来の施設福祉でなく家
庭を基本にしながら地域で生活させたいから「ふじさん」へ通所したんだ、と
いう本音が見えてきました。もちろん他の選択もなかったのですが・・。今更、
制度が変わったからと大型施設のサービスを使いたくないが本音のようです。
逆に言えば「地域でのふじさん」の事業展開が望まれています。現実には既設
法人内で支援費が動いていて、本来の地域で生き生きと生活・活動する為の制
度改革から離れてしまっている感じがします。



事業の展開

 「事業を展開しましょう」「法人化すれば支援費の事業もできます」といろんな
会合で必ず聞こえてきます。授産所は制度が違うからどうもできないんですと。
でも・・と思います。デイサービスやホームヘルプサービスが充実したって、
日中の多くの時間を過ごしている授産所が一番基幹をなす社会資源ではないだ
ろうかと。
 制度から置かれてしまっていますが、長年の実績を整理し制度優先で無い取り
組みの大切さを考える時期でもあります。地域生活を支える事業展開は命題で
すが、基本の「授産」という一般就労の手前の「福祉的就労」の意味・中身・良さ
を制度に併せていってしまうと大切な宝物をなくしてしまうのではと感じるのです。



1法人・複数作業所運営の試み

 さて富士宮市では、「ふじさん」の法内化を踏み台に(いや参考に)今、(小
規模)社会福祉法人の設立と複数作業所の運営を行政の援助を得ながら目指し
ています。

 背景として
@ 長年連絡協議会として運営・交流を通じて活動を行ってきた
A 育成会運営から責任ある法人運営に移行したいとの共通認識
B 地域福祉を念頭に力を併せ事業展開していきたい
C 施設長がいずれも専任である
D 地元行政の理解・援助がある

ことがあります。そのなかで結果的に行政の「法定化支援」を議会や補助金で
実現してきました。

 ところがいっこうにスタートが切れません。育成会運営といっても各作業所
の生い立ちがそれぞれ違い土地・建物なのど設立背景が違う点、さらに作業所
の空気といいますか色が違います。つまり理念がそれぞれ違うわけで行事や研
修会では一致できても深いところでは一致が難しいのです。そして最大の課題
は、給与体系が全く違うことです。同じ運営主体・補助金で運営していてもお
おきな開きがあります。このことがはじめの一歩が踏み出せない理由です。
 特色の反面、長年目をつぶってきた点です。始めの一歩の前に十分な議論・
自己点検をした準備ができると良いと思います。

 しかし、地域で1法人が複数作業所運営を中心にした事業展開が新しい取り
組みとして動き始めているようです。また、注目されています。

 今後、既設法人の支援費にともなう通所施設の設立などが活発になる中で、
地域での利用者の日中の大事な活動の場として点在している作業所が、1法人
で運営がまとまり、事業展開ができるならば、それこそ長年の無認可の財産と
横の連携を元に「障害の種別を越えた新しい地域福祉」が展開され、地域生活
を選択している利用者にサービスを展開できるのではないでしょうか。西部地
区では確実に進展しているようです。地区の活動に学んでいきたいと思います。



手作りに学ぶ

・・といろいろ書きましたが、「ふじさん」は物創りの真っ只中です。早朝の
生地の仕込みから製造から販売そして材料の仕入れまでこつこつと日々の授産
に汗をかいています。ぱん屋のはずだけど藍染にも挑戦しています。ぱんは職
員の活発な開発で新製品を開発し、販売先も開拓し着実に動いています。機織
りも着実に製品化をして、第二の授産種目になりつつあります。制度やら法定
化でどうしても授産が忘れられがちですが、現場では、日々の大半は「授産」
をしているのです。デイサービス的な授産所もありえるとの議論はこちらに置
いておき、我々のサービスは授産・手作り・仕事創りを通じて提供されるもの
じゃないかと強く思います。

 手織りで疑問が沸けば横浜でも大阪でもすぐ飛んで貪欲に学んでくる軽いフ
ットワークが真情です。だから藍染や染物への試みにもなります。試行錯誤が
たのしいのである。輪ゴムで絞りができる・利用者ができる・おもしろい・ミ
シンも必要だ・・と果てしの無い取り組みです。ぱんをはじめた動機も「物創
り」をしたいから始めたもの。はやりの相談援助を否定はしませんが、いくら
ケアマネジメントの手法でサービスをこねくりまわしても終わりじゃない。

 どんなサービスかがとっても大事だと思います。その為には、制度にあわせてい
くだけでも、授産所の過大評価もだめであろう。日々前向きな活動が求められ
ています。物創りを通じた支援が利用者にも援助者にも大切なのだと改めて感
じるのです。よせばいいのに「ふじさん祭り」「作品展」「常設店」「就労支援」
と、はあはあしながら日々を迎えているのが現実ですが・・・。

 種まきを沢山しているのです。デイサービス等の居宅支援費事業も視野に入
れながら「種まき」に励みたいと思うこの頃です。「授産」と「援助」という相
容れなさそうな課題を現場で真摯に受け止め、営みを続ける職員や同じ地区の
所長の皆さんの熱意に励まされながら、次のステップを模索する気持ちを持ち
続けたいと思います。



だから横のつながり

 「種まき」をするときにいろんな情報が連合会から発信されるといいなと思
います。主催者側からすれば大変なことですが、今やらなくちゃいけないこと
沢山ある気がする。今を逃すとずっとこのまま支援費の制度外の無認可事業で
終わってしまう気がします。自らを自分の意思で専門職として高めつつ、制度
に精通し、おかしいことはおかしいと発言しなくては・・・。
他力本位でなく、自らの取り組みで、と思います。幸い県内には全国的に誇れ
る優れた実践家が沢山居ます。そんな皆さんの活動に力を得ながら、現場から
離れないでぼちぼちやっていきたいと思います。地区の法定化を応援しながら、
「物創り」に励み、工夫をし、「運営の手引き」改正に向け取り組みたいと考えて
おります。


  

ふじさん